世界最高齢(93歳)のマハティール・首相に返り咲く(マレーシア)過去の業績

5月9日、マレーシアで政権交代

5月9日(2018年5月)に、投票が行われたマレーシアのの連邦下院選(定数222)は、マハティール元首相が率いる野党連合が過半数を制して勝利しました。先進国入りを目前に経済成長が停滞するなか、不満を強めた国民が政治の刷新を求めた結果の様です。

1957年の独立以来、初めてとなる政権交代が実現し、マハティール氏が首相に就任することになりました。

マハティール・ビン・モハマド(Mahathir bin Mohamad、、マレーシア政治家医師。1981年から5期22年、首相を務めました。

5月10日、首都クアラルンプールの王宮で首相就任式に臨み、第7代首相に就任しました。52003年の退任から実に15年ぶりの返り咲きです。

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選挙議席は過半数を獲得

 選挙管理委員会によると、野党連合は提携する地域政党と合わせて121議席、野党連合だけでも過半数の113議席を獲得

与党連合・国民戦線の79議席。

イスラム主義政党、全マレーシア・イスラム党(PAS)の18議席。

下院選と同時に実施された12州の議会選挙でも、南部のジョホール州などで次々と議席を奪還し、地滑り的な勝利を実現しました。

マハティール首相、表明

 かつて22年にわたり首相を務め、今回はナジブ氏への批判から野党に転じて選挙に臨んだマハティール氏は、10日未明に開いた記者会見で「我々は報復は求めない。やりたいのは法の支配を回復することだ」などと述べた。

 一方、敗れたナジブ氏は10日午前にクアラルンプール市内で会見し、「国民の審判を受け入れたい」と述べた。

しかし、選挙戦ではナジブ氏は、老齢のマハティール氏では未来を切り開けないと、演説をしていました。

そのこともあってか、マハティール氏は、次のような事を表明しています。

高齢のマハティール氏は10日未明、現在服役中のアンワル元副首相の恩赦を国王に申請し、認められれば早期に首相職を譲る考えを改めて示した。

このアンワル氏が首相につくには、まず国会議員になる必要がある為、一定の期間が必要になります。それまで、政権運営の経験がない野党が、どこまで政治や経済を安定させることが出来るのかが、課題となっています。

1人当たり国内総生産(GDP)が約1万ドルに達したマレーシアにとって、先進国入りを前に経済成長が滞る「中所得国のワナ」からの脱却が急務になっている。低賃金の外国人労働者や政府系企業に依存しており、民間企業の成長が遅れている。

マハティール・ビン・モハマド氏の過去の実績

【プロフィル】マハティール首相

マレーシアの首相として1981~2003年の22年間、日本や韓国の勤勉さに学ぶ「ルックイースト(東方)政策」を掲げ、工業化や経済発展を推し進めた。1998年、後継者と目されていた当時のアンワル副首相と対立し、同氏を解任。アンワル氏は権力乱用などの罪に問われ、マハティール氏は国際社会から強権的と批判された。親日家で、2003年に首相を退いた後もたびたび日本を訪れ、首相復帰後の今年6月の初外遊先でも来日した。8月には福岡と大分も訪れた。(クアラルンプール 共同)

マハティール首相は、過去5期務めた22年間の首相の中で、色んな実績を残しています。もちろん、22年かの実績を、ここで書き尽くせる訳はありません。

いくつか紹介します。

国連や大国・アメリカを非難した!

イラク戦争は、2003年3月に、アメリカが国連安保理の同意を経ずに、戦争に単独で踏み切りました

この時に、国連事務総長で6年目のコフィ・アナン氏は、日本メディアでは「紛争解決に尽力し、アメリカのイラク攻撃に、避難表明をした」として称えました。

その理由は、国連への最大分担金を支出する最大支援国の大国・米国に対し、「法を破った行為であるとともに、憲章への違反行為」と非難したという事です。

しかし、マハティール氏は、アナン氏を名指しで、国連を無視し、イラクへの開戦に踏み切った米国を止められなかったことに対し、「辞表を突きつけ、抗議するべきだ」と直言したと言います。

アナン氏は回顧録の中で、「事務総長時代の最悪の経験は、イラク戦争を阻止できなかったことだ」と国際社会での評価とは裏腹に、後悔の念を深く滲ませた。

回顧録で、言い残しているという事は、マハティール氏の言葉が心に引っかかっていたのかも知れません。

マハティール氏は退任1か月前にも

マハティール氏は、大国・アメリカや国連を非難しています。

マハティール氏は2003年10月末に22年間のマレーシア最長となる首相職を自ら退いたが、その1か月前の国連総会での最後の演説でも、大国・米国や国連を厳しく非難した。

「(イラク進攻は)欧州帝国主義の再来だ。経済的締め付けと金融の無力化で、新興独立国が屈服させられ、再植民地化されることはあった」

「だが今は、外国の軍隊が、諸外国を『占領』するという事態が現実となって起きている」

このようにジョージ・W・ブッシュ政権(当時)の一国覇権主義の対外・経済政策などを痛烈に批判した。

当時のマレーシアが、大国や国連に避難の声を上げるのは、かなり難しい事だったはずです。それでも、発言をしています。

さらに国連についても、「国連は、足元から崩壊している。貧困や弱者を救済できなくなっている。そういう国や人々は、無視され、脇に追いやられている。国連が創立された時の原点に戻り、信頼を取り戻す必要がある」と力説し、新興国や発展途上国の指導者から喝采を浴びた。

国連の在り方を、見直せと言っているのですから、新興国や発展途上国から喝さいを浴びるのも当然でしょう。

アメリカの同時多発テロ9・11でも発言

追悼覚めやらぬニューヨークで、平和的解決による世界的繁栄を訴える中、国連改革の推進を訴えています。

拒否権を誇示する国連安保理常任理事国などの大国主義の再考

途上国のアフリカ諸国との連携

経済貿易の保護主義を否定。トランプ政権のアメリカ・ファーストやアジア軽視を牽制

中国などの新植民地主義に警笛」を鳴らし、経済で台頭するアジア的価値観の重要性についても言及するとみられる。

現在の、世界事情・世界問題を鋭く説いています。

世界のリーダーに向けた書簡が強い影響力を発揮

『ドクターMより:世界のリーダーへの書簡』(2012年、2015年発刊。)にまとめられた書籍の中では、米国を含めた世界のリーダーとの何千通にもなる書簡から厳選されたものが紹介されています。

象徴的な書簡のやり取りは、コフィ・アナン元事務総長が人生最大の後悔と悔やんだイラク戦争や米国のアフガン軍事介入などで、平和的解決で紛争や戦争を回避するべきと主張するマハティール氏の訴えと願いが込められたものだ。

1981~2003年の首相時代に、核の再処理や廃棄問題など、原子力の人類への脅威を理由に「反原発」を一貫して長年主張してきました。

その中でも、アメリカの日本への原爆投下を厳しく非難しています。

ハスマ夫人と何度も長崎や広島の平和記念式典に出席しているマハティール氏が、人生を通して訴えてきたのが、恒久的な世界平和だ。

ジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)にも送った

サダム・フセインの大量化学兵器密造の国連による立証がなされなかったにもかかわらず、戦争に突入する意味は全くなく、何の解決にもならない

最も重要なのは、互いの憎しみと怒りを取り払うことで、それが最大の解決策だ。軍事介入は何の解決をももたらさないどころか、新たな憎しみを助長する」

 これに対して、ブッシュ氏は「軍事介入しなければ、米国民の安全、ひいては国際社会が危険にさらされる」とマハティール氏に往簡したという。

また、9月11日の米国同時多発テロ直後の2001年10月には、アルカイダの指導者、オサマ・ビン・ラディン容疑者の大捜索戦に銘打ったアフガンへの軍事介入に対しても、「軍事介入は悲劇をもたらすだけ」とブッシュ氏に書簡を送っている。

バラク・オバマ大統領就任前にも

アフガン戦争に対して「私はあなたの有権者ではないが、あなたの言動行動は、私や私の国に多大な影響を及ぼす」として、戦争を避けるよう忠告している。

米国人は今や世界で最も嫌われている、欧州人からもだ。世界から称賛される国は、植民地支配から撤退する国と指導者だ」

こうした書簡の効果があったのか、のちに米国は国内からも批判が上がった泥沼のアフガン戦争に終止符を打つことになった。

小国であるマレーシアの首相が、当時、世界の警察とまで言われた大国・アメリカに辛辣なほどの書簡を送っています。

しかし、その内容に共通しているのは、戦争や争いからは、憎しみしか生まないという事です。

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マハティール氏は、日本を絶賛していた

マハティール氏が1992年10月、香港で開催された「欧州・東アジア経済フォーラム」での演説の時の話です。この演説からは、白人(white manとマハティール氏は記述)の政府関係者が憤慨して、プンプン顔を赤らげ、退席していったといういます。

その演説は、次のようにまとめられます。

●「日本の存在しない世界を想像してみたらいい。もし、『日本なかりせば』、欧州と米国が世界の工業国を支配していたい違いない

欧米が基準と価格を決め、欧米だけにしか製造できない製品を買うため、世界中の国はその価格を押しつけられていただろう」

貧しい南側諸国が輸出する原材料価格は、買い手が北側のヨーロッパ諸国だけなので最低水準に固定。その結果、市場での南側諸国の立場は弱まる」

多国籍企業が安い労働力を求め南側の国々に投資したのは、日本と競争せざるを得なかったからだ。日本との競争がなければ、南側・開発途上国への投資や経済発展はなかった」

日本と日本の成功体験がなければ、東アジア諸国は模範にすべきものがなかっただろう。欧州が開発・完成させた産業分野では、自分たちは太刀打ちできないと信じ続けていただろう」

もし、『日本なかりせば』、世界は全く違う様相を呈していたに違いない。富める北側は淀みなく富み、貧しい南側は淀みなく貧しくなっていただろう」

「北側の欧州が、世界を永遠に支配し、マレーシアのような国は、ゴムを育て、スズを掘り、それを富める工業国の顧客の言い値で売り続けていたに違いない」

これは、流石に日本を絶賛しすぎかもしれません。しかし、敗戦国である日本が、アジアの中で経済大国となることが出来たことが、アジア圏の国からは称賛に価したのかも知れません。

また、日本はアジアを始め、新興国・発展途上国などに資金援助・技術援助・インフラ整備・学校・病院など多くの業績を残しています。

逸れこそ、日本人が名前も知らない国で、日本に多大な感謝をし、子供に日本人の名前を付けている国もある位です。

マレーシアも独立時には、欧米に対する反感もあり、同じアジアの国という事で日本を支持したのでしょう。

マハティール氏はの言葉はこれだけではない

マハティール氏はアジア通貨危機でも、IMF(国際通貨基金)からの支援申し出を断り、通貨取引を規制した

欧米諸国やメディアは「自由市場を冒涜する無知な指導者」と批判。しかし、のちに、世銀やIMFはマハティール氏の固定相場制導入を評価した

その後に起こったロシア経済危機では、米国の投機家が損失を出すと、米国政府が巨額資金で救済する事態となった。

これを見て、西側諸国は通貨取引安定化のため監督強化を図った。マハティール氏に“追随”したわけだ。

民主選挙で選ばれながら、欧米諸国やメディアからは「独裁者」と叩かれ続けた。しかし、独自の政策でマレーシアを東南アジアの「ハリマオ(マレー語で『虎』)」に育てたマハティール氏を「鉄の女」マーガレット・サッチャー元英国首相は「アジアの歴史を最も代表する宰相」に挙げた

今後のマハティール首相の言動は

首相に返り咲いたマハティール氏は中国に続き、今回の西側への外遊で再び、大国に「耳の痛い訓示」を浴びせるだろう。

というのが、色んな方面の意見の様です。

また、アレーシアの現在の経済成長の停滞を加速させ、アジアでも頭角を更に現して欲しい物です。

初の政権交代から4カ月

マレーシアで初の政権交代を果たしたマハティール首相(93)の就任から4カ月が過ぎた。選挙公約に掲げた消費税廃止やナジブ前首相の汚職疑惑の追及を着実に進め、約70%の高支持率を維持。一方、1兆リンギット(約27兆円)もの債務を抱え、財政再建や経済回復などの壁にも直面する。いわゆる「ハネムーン期間」が既に終わり、世界最高齢の首相の正念場はこれからだ。

◆消費税廃止

物価上昇で生活が困窮する中、ナジブ氏は汚職で私腹を肥やしていたとの反発が色濃く反映された。

マハティール陣営はナジブ前政権が2015年に導入した6%の消費税廃止を公約の目玉に掲げ、政権交代直後の6月1日に早速実行した。

マレーシアの世論調査機関「独立センター」の調査(8月7~14日実施)ではマハティール氏の支持率は71%に上り、82%が選挙結果に満足していると回答した。

ただ、消費税に代わって9月から導入した売上税とサービス税では財源不足を賄えず、財政悪化が懸念される。調査では55%が政府の生活費負担軽減策に不満も示した。

◆脱中国依存

マハティール氏は就任以降、財政難を理由に大型事業の見直しを次々と打ち出した。日本や中国が受注を競ったシンガポールとマレーシアを結ぶマレー半島高速鉄道事業の延期も表明した。

「新たな植民地主義は望まない」。8月20日に北京で中国の李克強首相と会談した後の共同記者会見では、インフラ投資などを通じて国外での影響力を拡大する中国への過度な依存に対する警戒心もにじませた

21日、中国からの資金提供で建設予定だったマレーシア東海岸鉄道計画(総事業費810億リンギット)の中止を表明。対中債務の拡大を避ける狙いとみられ、ナジブ前政権が後押しした中国関連の他の開発事業も見直す可能性がある。

マハティール氏は野党を長年率いた宿敵のアンワル元副首相と手を組み、政権交代が実現すれば数年で首相職を引き継ぐと約束した。

さいごのまとめとして・・・。

今回は、最高齢の首相の事を書きましtが、前期の22年間の時代は、波乱の時代っだった筈です。その中で、東南アジアの「ハリマオ(マレー語で『虎』)」に育てたマハティール氏の、今後のマレーシアの指導者としての発展が楽しみです。

只、残念なのは高齢であるという事でしょうか?

新たな時代を作った、人物ですが、これからの時代を作るだけの気力が持続して欲しいと思います。

「最期まで首相を続けるだろう」(シンガポール外交筋)

高齢でありながら、世界ではその実績を認めています。

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